1. 外から見た「時間の遅れ」
ブラックホールの縁(事象の地平線)では、「時間が止まって見える」と言われます。
しかしこれは、実際に時間が止まっているわけではありません。
「どこから観測するか」によって、時間の進み方が異なって見える現象です。
この見え方の違いは、一般相対性理論が示す「時間の相対性」の最も極端な形といえます。
2. 観測者による「時間の違い」
ブラックホールに落下する物体の時間は、観測者の位置によって次のように異なって見えます。
| 観測者 | 時間の進み方 | 見え方のイメージ |
|---|---|---|
| 遠くの観測者 | 落下する物体の時計はどんどん遅く見える。事象の地平線に近づくほどスローモーションになり、最終的には停止して見える。 | 止まったように見える |
| 落下している本人 | 自分の時計は通常どおり進む。特別な変化は感じない。外の宇宙は速く流れて見える。 | 外が加速して見える |
ブラックホールの事象の地平線(event horizon)に近づくにつれて、
外の観測者から見る時間の流れは指数関数的に遅くなります。
ほんの数メートル近づくだけで、時間の進み方はどんどん遅く見えるようになります。
3. 「止まって見える」理由
ここで重要なのは、「止まる」のは見かけ上の現象であるという点です。
落下している本人にとっては、自分の時計も体の動きも普通に進んでいます。
しかし、光が強い重力場から抜け出せなくなるため、外部に届く信号が徐々に遅れ、
最終的に外の観測者には永遠に動かないように見えるのです。
その結果、外から見ると物体が「地平線の手前で止まったまま、ゆっくり暗くなって消える」ように見えます。
実際には落下し続けているのですが、光が無限に遅れるため、外部の観測者にはもう情報が届かなくなるのです。
数式で表す時間の遅れ
第2章で示したシュワルツシルト解からも、この現象を理解できます。
これは数式上では「時間が停止して見える」という結果になりますが、 実際には観測できる光が無限に遅れることで、停止したように見えるだけです。
$$ T = \frac{T_0}{\sqrt{1 – \frac{2GM}{Rc^2}}} $$
\(T_0\):落下している本人が感じる時間
\(T\):遠くの観測者が見る時間
\(Rs = \frac{2GM}{c^2} \):シュワルツシルト半径
この式からも、\(r\) が \(R_s\) に近づくにつれて分母がゼロに近づき、
外から見た時間が無限に遅くなる(=止まるように見える)ことが分かります。
具体的にはどうなる
限りなくブラックホールの縁(事象の地平線)に近づくとどうなるのか。
天の川銀河の中心にある、いて座A*を例に考えてみます。いて座A*のシュワルツシルト半径、つまり地平線の半径はおおよそ1200万kmと考えられます。(0.08AU、地球から月までの平均距離のおおよそ35倍前後)
| 距離比 \(r/R_s\) | 地平線からの距離 | 外から見た時間倍率 | 地球の1時間に対する落下者の経過時間 |
|---|---|---|---|
| 1.00001 | 約120 km外 | 約316倍遅い | 約11.4秒 |
| 1.000001 | 約12 km外 | 約1,000倍遅い | 約3.6秒 |
| 1.0000001 | 約1.2 km外 | 約3,162倍遅い | 約1.1秒 |
| 1.00000001 | 約120 m外 | 約1万倍遅い | 約0.36秒 |
| 1.000000001 | 約12 m外 | 約3万倍遅い | 約0.11秒 |
| 1.0000000001 | 約1.2 m外 | 約10万倍遅い | 約0.036秒 |
観測地点による、物理的な時間の進み方は上記の表のようになりますが、外から見た見え方とは異なります。
光の速度は一定のため、強い重力に逆らって外へ進む際には、波長を伸ばすことでエネルギーを失います。この現象を「重力による赤方偏移」と呼びます。結果、光は重力を登るほど赤く弱まり、地球などの遠い観測者に届く光の間隔も次第に広がっていきます。
その結果、高エネルギーの光(青〜可視域)は失われ、波長の長い赤い光だけが届くようになります。
重力が強い場所から発せられた光は、フレームレートが徐々に落ちていく映像のように見えます。最初は毎秒60フレームでなめらかに届いていた光が、やがて30fps、10fps…と間隔が伸び、最後には1fps未満になるようなイメージです。
光の波が引き延ばされ、届くまでの間隔がどんどん長くなるため、遠くの観測者からは動きが極端にスロー再生されて見えるようになります。これが「止まって見える」ようになる理由です。

5. まとめ:観測によって異なる時間
ブラックホール近傍では、観測者の位置によって時間の進み方がまったく異なります。
遠方の観測者には「止まって見える」一方で、落下している本人には「普通に流れる時間」が存在します。
この矛盾のような現象は、時間が絶対的なものではなく、重力と観測によって変化することを示しています。 ブラックホールは、相対性理論が予言した「時間の柔軟性」を、最も極端な形で表れる場所なのです。
■出典・参考資料:・Nature Japan 巨大ブラックホールで重力赤方偏移を観測

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