【ブラックホール特集】第3章:時間が止まる場所(観測者による時間の違い)

サイエンス

1. 外から見た「時間の遅れ」

ブラックホールの縁(事象の地平線)では、「時間が止まって見える」と言われます。
しかしこれは、実際に時間が止まっているわけではありません。
「どこから観測するか」によって、時間の進み方が異なって見える現象です。

この見え方の違いは、一般相対性理論が示す「時間の相対性」の最も極端な形といえます。

2. 観測者による「時間の違い」

ブラックホールに落下する物体の時間は、観測者の位置によって次のように異なって見えます。

観測者時間の進み方見え方のイメージ
遠くの観測者落下する物体の時計はどんどん遅く見える。事象の地平線に近づくほどスローモーションになり、最終的には停止して見える。止まったように見える
落下している本人自分の時計は通常どおり進む。特別な変化は感じない。外の宇宙は速く流れて見える。外が加速して見える

ブラックホールの事象の地平線(event horizon)に近づくにつれて、
外の観測者から見る時間の流れは指数関数的に遅くなります。
ほんの数メートル近づくだけで、時間の進み方はどんどん遅く見えるようになります。

3. 「止まって見える」理由

ここで重要なのは、「止まる」のは見かけ上の現象であるという点です。
落下している本人にとっては、自分の時計も体の動きも普通に進んでいます。

しかし、光が強い重力場から抜け出せなくなるため、外部に届く信号が徐々に遅れ、
最終的に外の観測者には永遠に動かないように見えるのです。
その結果、外から見ると物体が「地平線の手前で止まったまま、ゆっくり暗くなって消える」ように見えます。
実際には落下し続けているのですが、光が無限に遅れるため、外部の観測者にはもう情報が届かなくなるのです。

数式で表す時間の遅れ

第2章で示したシュワルツシルト解からも、この現象を理解できます。
これは数式上では「時間が停止して見える」という結果になりますが、 実際には観測できる光が無限に遅れることで、停止したように見えるだけです。

$$ T = \frac{T_0}{\sqrt{1 – \frac{2GM}{Rc^2}}} $$

\(T_0\)​:落下している本人が感じる時間
\(T\):遠くの観測者が見る時間
\(Rs = \frac{2GM}{c^2} \)​:シュワルツシルト半径

この式からも、\(r\) が \(R_s\)​ に近づくにつれて分母がゼロに近づき、
外から見た時間が無限に遅くなる(=止まるように見える)ことが分かります。

具体的にはどうなる

限りなくブラックホールの縁(事象の地平線)に近づくとどうなるのか。
天の川銀河の中心にある、いて座A*を例に考えてみます。いて座A*のシュワルツシルト半径、つまり地平線の半径はおおよそ1200万kmと考えられます。(0.08AU、地球から月までの平均距離のおおよそ35倍前後)

距離比
\(r/R_s\)
地平線からの距離外から見た時間倍率地球の1時間に対する落下者の経過時間
1.00001約120 km外約316倍遅い約11.4秒
1.000001約12 km外約1,000倍遅い約3.6秒
1.0000001約1.2 km外約3,162倍遅い約1.1秒
1.00000001約120 m外約1万倍遅い約0.36秒
1.000000001約12 m外約3万倍遅い約0.11秒
1.0000000001約1.2 m外約10万倍遅い約0.036秒

観測地点による、物理的な時間の進み方は上記の表のようになりますが、外から見た見え方とは異なります。

光の速度は一定のため、強い重力に逆らって外へ進む際には、波長を伸ばすことでエネルギーを失います。この現象を「重力による赤方偏移」と呼びます。結果、光は重力を登るほど赤く弱まり、地球などの遠い観測者に届く光の間隔も次第に広がっていきます。
その結果、高エネルギーの光(青〜可視域)は失われ、波長の長い赤い光だけが届くようになります。

重力が強い場所から発せられた光は、フレームレートが徐々に落ちていく映像のように見えます。最初は毎秒60フレームでなめらかに届いていた光が、やがて30fps、10fps…と間隔が伸び、最後には1fps未満になるようなイメージです。

光の波が引き延ばされ、届くまでの間隔がどんどん長くなるため、遠くの観測者からは動きが極端にスロー再生されて見えるようになります。これが「止まって見える」ようになる理由です。

天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール「いて座A*」のすぐ近くを通過する恒星「S2」の経路を示しています。ブラックホールに近づくと、非常に強い重力場により星の色がわずかに赤に変化します。一般相対性理論で予言された「重力赤方偏移」の影響です。(わかりやすくするためにオブジェクトの色の効果とサイズが誇張されています) Credit:ESO/M. Kornmesser

5. まとめ:観測によって異なる時間

ブラックホール近傍では、観測者の位置によって時間の進み方がまったく異なります。
遠方の観測者には「止まって見える」一方で、落下している本人には「普通に流れる時間」が存在します。

この矛盾のような現象は、時間が絶対的なものではなく、重力と観測によって変化することを示しています。 ブラックホールは、相対性理論が予言した「時間の柔軟性」を、最も極端な形で表れる場所なのです。

■出典・参考資料:
Nature Japan 巨大ブラックホールで重力赤方偏移を観測


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